『レオナルド・ダ・ヴィンチ』

( 田中英道 著 講談社学術文庫 )

 この本はブックカバー裏の紹介にある通り、 『 イタリア語に訳され欧米でも大きな反響を呼んだ東洋の俊秀の画期的論考 』 です。
 何が画期的って、今までの研究を踏まえた上で、レオナルドとその作品のすべてを、非常にクリアな目でぜんぶ見直している。まっさらの目です。それで全編が 「 画期的 」 に成ってしまった。次元の違う目です。
 だから 『 研究し尽くされたかに見えたレオナルド絵の中に秘められていた驚くべき暗号を解読 』 できた。
 また田中教授は、ダ・ヴィンチ研究の第一人者と言われるカルロ・ペドレッティや、 「 20世紀中葉でもっとも偉大な美術史家 」 と呼ばれるケネス・クラーク卿とも懇意であられるようで、いよいよ畏まってしまいます。
 すでに体系化されている今までの膨大な研究と、自身の独創が一体に成った世界。これは世界的な権威だけが持ち得る巨大な視界でしょう。

 特に圧巻は 『 二重人物像 』 です。ダ・ヴィンチに親しんで来た人なら、 「 あっ 」 と言いますよ。
  「 言われてみれば、今までなぜ気づかなかったんだろう? こんな巨大なものを! 」
  『 手記 』 にヒントがあったように覚えていますが、ちょっといま見つかりません。残念。
 世界中の研究者が、まったく気づかなかったのに!
 岡本太郎の火炎土器の美発見と同様、こんな発見をするのが、一番の不可能事です。天才にしか絶対できない事だと思います。

  『 レオナルド・ダ・ヴィンチ 』 と言う題名の本に課せられた仕事、レオナルドとその時代や地域を、豊富な作品・資料を織り交ぜながら考証し、網羅的に解説して行くと言う困難な作業をこなしながら、どの章にも必ず+αを用意してくれていて、読み進めるごとに先を急いでしまうと言う、初心者から上級者まで、すべてにお勧めの本です。

 私がこの本で驚いた事の一つは、レオナルドの男色家としての感性が、作品への見解にしばしば反映されている事です。私などは、
  「 まーた天才を引きずり降ろそうとしやがって。 」 とか、
  「 だったらどうだと言うのだ。 」
 と言う反感も手伝い、まったく見えなかった。
 これです。我々は 「 人類屈指の天才、レオナルド・ダ・ヴィンチ 」 と言うだけで臆してしまい 「 どうせ俺なんかに解りっこないんだから。 」 「 天才は普通の人間ではないのだから。 」 と言う心理的な壁がどうしてもあります。また、今までの定説的な常識が先入観と成り 『 如実知見 』 、物事をありのままに見るという事が出来なくなる。これはほとんど仕方のない事です。ところが読み終わってから本全体を見渡すと、
  「 この人には壁がないのか ………  」
 そう思わざるを得ません。

 心の葛藤が創作物としての作品を産み出すのは言うまでもありませんが、アニマ・アニムスの葛藤と言うと、もはや右脳・左脳レベルの深みですから、そこから下には神と悪魔しかいません。そして、
  「 モナリザの左半分は男の顔、右半分は女の顔。ああ、それで最後に、最後まで 『 モナリザ 』 を ………  」
 と、何とも感慨深いものがあります。

 そして美術関係の本を読み進めてゆくうちに、
 偉大なるかな、ヨーロッパ人。
 恐るべきや、日本人。

 と言う想いを新たにしました。 ( お前だっ。その日本人と言うのはっ。 -笑-  ) しかし私も、
  「 もう何やっても、日本人がどこかで全部やっちまってるんじゃないか? 」
 と心配に成って来ます。と言うのも、今まで苦労して考えた事が既成のものであったと言う経験が、随分あるからです。
 私もこの本の中に、
 一人の女性像の中にすべてを統一するのは 「 モナ・リザ 」 ( イザベラ ) まで待たねばならなかった。 ( p229 )
 と言う文章を見つけた時には、 「 あらーっ、みなさん、ご存知だったのねーっ、またかいっ! 」 と思って、机で額を 「 がんっ 」 と打ちました。

 この本は、コスト・パフォーマンスで言えば一番でしょうね。 ( 笑 )  いや、金の事を言って申し訳ありませんが、何と言っても、特に学生なんか職業がありませんからね。私も高校時代、親からたまにもらう弁当代を浮かし、古本屋で安い文庫本を買い、授業中に読むと言う 「 苦行 」 をしておりまして、この内容が千円ちょっとと言うのは激安ですが、千円って、なかなか大きかったからなあ。 ( 今でもマグロは半額で買う。 )

 言い忘れていましたが、08'04/29日本テレビ放映の 『 天才ダ・ヴィンチ 伝説の歴史壁画発見! 』 で紹介された、失われた名画 『 アンギアリの戦い 』 ……… あの名画の復元を、この本はごっそりしてくれています!
  「 それはルネサンス芸術の最高傑作と呼ばれていました。 」
  「 ダ・ヴィンチの集大成と言われています。 」
  「 かのルーベンスは感動して、この模写を残しています。 」
  「 ミケランジェロは 『 絵画より彫刻の方が上だ 』 と公言していましたが、この絵を見て 『 あなたは何と言うものを描こうとしているんだ。 』 とつぶやき、その考えを変えました。そうしてアンギアリの戦いの模写を残しています。 」
 ……… などと紹介された 『 アンギアリの戦い 』 ……… 
 そんな事を言われたら、見たくも成りますよね。


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