レオナルド・ダ・ヴィンチと『モナリザ』のススメ

 むかしむかし、ある仏教学者が言いました。
 「 君らは仏教から色んなものが出来て、世界中に広まったと思っているだろう。」
 学生らは目を丸くして、( そうじゃないのか? ) と言う顔をしました。
 「 それはその通りだが、反対に、それまでのバラモン教やインド文化の全部を、仏教が集約したと言う面もあるんだ。」
 そう言って右のような図を描かれました。

 で、この二つの三角形の接点、仏陀釈尊のいる場所に、そのまんまレオナルド・ダ・ヴィンチが当てはまるのです。両者とも、
 『 それまでのすべてを受け止め、その後のすべての礎 ( いしずえ ) と成った人 』
 だからです。
 私も映画や本の流行で 「 ちょっと興味を持ち、ちょっとかじってみた 」 のです。だって、レオナルド・ダ・ヴィンチなんて巨人に取り組むなんて、考えただけで疲れるじゃありませんか。(笑) 私に解りっこないし、いかにも大変そうで、とっつきにくい。自分の実力では到底歯が立ちそうにないし、特に美術にそれほど入れ込む気はない ………
 ところが始めたら、終わりません。結局、「これほど実りの多い題材もないぞ。」と驚嘆する事に成りました。
  ダ・ヴィンチこそは、ただ大天才と祭り上げているだけでは非常にもったいない人物 だったのです。
 ダ・ヴィンチやモナリザの本を見ると、実にたくさんの絵 ( ダ・ヴィンチ自身や他の画家の絵 ) が掲載されています。
 「 モナリザだけが知りたいのに。ダ・ヴィンチだけでいいのに。」
 そう思っていましたが、もうどうしても、私でさえそう成ってしまうのです。
 モナリザを考えるためには、他のレオナルド作品の全部を参照しなければ成りません。そうすると、それまでの絵画の歩みを( 知らずに漠然とでも ) 眺める事に成ります。
 レオナルドの描いているものを説明、表現しようとしたら、古代から現在までのさまざまな画家の表現を例に取らねばならなく成ります。ほとんど全部、モナリザの中に入っているからです。それが一枚の完成された絵として目の前にあるのが、『 モナリザ 』 と言う奇跡だったのです。
 私にとって最も実り多かったのは日本画に関してでしたが、驚いた事に、自分の専門の仏教学の方での収穫が、少なからずありました。
 それまで雑然としていたものが、整理されたからかも知れません。しかも整理されたと言っても動きを止めた訳ではなく、かえって精彩を放ち、少しは使い物になるように成ったのです。
 ぜんぜん見当のつかなかった事にも、何か複数の切り込みが見つかったように思えます。

 何故こうもぜんぜん違う分野に影響を与えるかというと、真理(としか言いようのないもの)を、やはりヨーロッパの絵画芸術も突き詰めて突き詰めて探求しており、それがダ・ヴィンチとモナリザに結晶されてあり、まったく違う言葉で、おそらく根本的には同じ事をしているからだと思います。理知や思弁という持って回ったものがしていた仕事を、感覚や印象という直接的なものが、すっきりとしている。
 思い出してみると、私の知る限りでも 「 すごいな 」 と思う人達は、たいてい音楽や絵画の愛好家でした。ノーベル賞受賞者がしばしば 「 自分はモーツァルトのファンである。 」 と主張していた記憶もあります。彼らの専門分野と芸術とは、何らかの関連があり、彼らは芸術で脳を作り、芸術から汲み取っているのでしょう。

 ですからここに紹介した本を読まれた方は、その本の中にも、ダ・ヴィンチの中にも、あなたが知っている多くの作家や創作者の声を聞く事と思います。

 ダ・ヴィンチ自身、その作品同様、実に多彩な人物で、確かに神のような才能を持っていたけれども、それは意外と苦悩や修練による部分が大きく、その才能を自覚していながら、「 絵では食っていけないだろう。」 とか、「 俺なんか駄目だ。」 とか思っていたフシもあれば、都市の一つ一つが国だった戦乱の時代を、巧みなステップで切り抜けてゆく小器用さもあり、ストイックな菜食主義者だけれども、どうやら男色家。モナリザ同様、「 こうだ。」 と言って片付けてしまえない人間です。

 モナリザとダ・ヴィンチについて書かれた本は、多くの 「 気づき 」 を与えてくれます。この 「 気づき 」 と言うのは、例えば岡本太郎が火炎土器を指して、「 これ、すごいぞ。」 と教えてくれたら、誰もが 「 あっ、本当だ。」 と気づく、そんな感じの 「 気づき 」 です。
 火炎土器なんて、小学時代の教科書から、見飽きてるんですよ。誰でも知っているし誰も気にとめない。そんなものからその真価を発見するのが、一番むずかしい。こればっかりは、天才にしか出来ない。物事をありのままに見なければならないのですからね。モナリザとダ・ヴィンチについて書くという事は、多分そういう事なのだと思います。
 これらの本を読み終えた私は、
 「 レオナルド・ダ・ヴィンチに真正面から取り組むような人は、やっぱりすごいわ。」
 と、つくづく思った事でございます ………


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